お知らせ

令和6年度 卒業式?修了式 学長式辞

 学部卒業生ならびに大学院修了生の皆さん、卒業?修了、まことにおめでとうございます。琉球大学の構成員を代表して、皆さんの卒業ならびに修了を心からお祝いいたします。またご家族?関係者の皆さまには、これまで卒業生?修了生を物心ともに支えてくださったことに感謝するとともに、めでたくこの日を迎えられたことを心からお喜び申し上げます。

 今回、卒業?修了を許可されたのは、学部学生1,429名、大学院学生239名、総計1,668名です。本学はこれまでに9万名を超える卒業生?修了生を世に送り出してきました。私は学長として様々な組織の代表者らと話す機会がよくあります。そういうときに「わが社には、あるいは私の組織には琉球大学の卒業生がいますよ。よく頑張ってくれていますよ」と言ってもらえることがしばしばあり、そのたびに嬉しく誇らしい気持ちになります。各地で活躍するそうした先輩たちの中に、皆さんが新たに加わってくれることをたいへん心強く思います。

 本日の卒業あるいは修了は、もちろん皆さん自身の努力があって実現したものですが、その背後にご家族や身近な方々の長年にわたる支援、県内外の様々な団体や個人からの温かい援助、そして教員の指導と事務職員のサポートがあったことにも思いを致してください。皆さんは、こうした多くの方々の支援の貴重な賜物なのです。

 ところで、卒業生?修了生の皆さんが本学で学び、研鑽を続けてきた科学を含めた学問の学問たるゆえんは何でしょうか。この問いへの答えはいろいろあるでしょうが、重要なポイントは、学びを深め、さらに新たな創造をする際に先人の知恵?知識をしっかり参照する、ニュートンの表現を借りるならば「巨人の肩の上に立つ」、というところにあると言えるでしょう。無手勝流で考えるのではなく、文字言語を用いた書物?論文として残されている先人の知恵?知識にしっかり立脚することです。このことは、専門分野はそれぞれ違えども、本学で学んだ皆さんは、よく理解できることだと思います。先ず皆さんにお伝えしたいメッセージの1つは、このような学問の本質と作法をぜひ忘れずにいてほしいということです。このような心構えが、今後インターネット上にますます拡散するであろう偽情報?フェイクニュースに惑わされない知的な力の基礎であると確信します。

 さて、これから皆さんは急速に変化する社会に飛び立ちます。どのようなことに留意をして歩み始めればよいのでしょうか。

 皆さんが本学で学んでいたこの数年間だけを見ても、世界では実に様々な出来事がありました。その中でも時代を画する出来事のひとつは、ディープラーニングを基盤にした大規模言語モデルによる生成AIの出現です。高度な知力が必要なチェスや囲碁、将棋の世界を見ると、すでにずいぶん前から世界トップクラスの棋士でもAIに勝つことはできなくなっており、棋士の学びのスタイルも大きく変わったようです。実社会における様々な知的分野、知識労働や頭脳労働が中心となる知識集約型産業においても、AIによって仕事の在り方が大きく変わらざるを得なくなってくるでしょう。

 そのような流れの中で、知的学びを終えて大学を卒業、あるいは大学院を修了した皆さんが、どのようなことに留意をして歩み出せばよいかという問いへの回答のヒントは、モラベックのパラドクス(Moravec's paradox)を検討することで得られるかもしれません。これはロボット工学者のモラベックらが明らかにしたパラドクスで、我々の直感に反して、コンピュータは大人やプロでも難しい高度な知的推論を行うより、幼児レベルの知覚や運動のスキルであってもこれを身に付けることの方がはるかに難しい、つまり多くの計算資源を要する、というものです。人間にとっては、例えば高度な数学の計算をすることは難しいことなのに対し、街路でジョギングすることの方がはるかに容易なことです。しかしコンピュータにとっては逆なのです。

 なぜ、このような逆説が生じるのでしょうか。その答えは生物進化にあります。

 皆さんの大学での学びは、大学入学までの10年以上にわたる文字言語を用いた学びの基礎の上にありました。高度な学問を身につけ、さらに新たな創造をするには、さらに大学?大学院での10年の訓練が必要です。もちろん学校での学びは言語を用いたものだけではありませんが、それにしても実に長い期間です。なぜ、そんなに長い時間がかかるのかというと、文字の発明は進化的にはごく最近であるたかだか1万年前のことであるため、私たちの脳はまだ文字言語を駆使し高度な推論を効果的に行えるようには進化していないからです。言わば、ありあわせのあちこちの脳部位と機能を総動員して私たちは文字言語を時間をかけて懸命に学び、知的推論、ひいては学問を行っているのです。一方、幼児が知覚や運動のスキルを身に付けることが比較的容易なのは、そうした能力は自然界において十億年規模で経験し生き残ってきた過程で高度に進化してきたからです。たとえば食物の消化や吸収など動物として根源的なより古い能力は、私たちは意識もせずに行えていることを考えるとよく分かるでしょう。つまり抽象的思考は私たち人間にとって新たなスキルであり、私たちはそれをまだマスターしていないだけで、そこに本質的に難しいことは全くなく、単に私たちに難しく思えるだけであるとすれば事態が理解できます。

 こう考えてくると、これからの社会では、AIが得意なことは大いにAIにやらせ、AIが苦手なところを見極めて人間が活躍するということが大事であることが分かります。知的スキルの学びに皆さんは20年以上にわたる長い時間をかけてきたわけですが、その人間の学びの強みは、身体性があることです。一方、AIの学びは、身体感覚に「接地」していません。それゆえ、ごく簡単なことでも間違えます。人間の「直感」に遠く及びません。長い進化の過程で脳と身体に埋め込まれた潜在能力を、個体が誕生してからの学びと訓練でさらに磨くことにより、個性ある驚異的なスキルが実現します。その典型例は、科学やスポーツや芸術、さらには種々の社会的な活動におけるプロフェッショナルの活躍というかたちで、私たちは日々見聞きしているところです。皆さん、それぞれの得意な分野、好きな分野、あるいはたまたま出会った分野でもよいので、何かの分野で学び続けて意識的に能力を磨き、人間ならではの活躍を目指してください。これが、今日、皆さんにお伝えしたいメッセージの2つめです。

 最後に、皆さんにお伝えしたいメッセージの3つめを簡潔に述べます。皆さんは、今日で本学での学びに一区切りをつけるわけですが、学びの成果とこれからの研鑽の結果を、自己のさらなる成長と仕事とそれによる自己実現に生かすとともに、コミュニティ?社会、そして世界をよりよい場所にすることに生かしてほしいと思います。皆さんはこれまでの人生でもう気付いていると思いますが、自身の一番の喜びになるのは、他の人々に喜んでもらうことです。いま、「学びの成果は、コミュニティ?社会、そして世界をよりよい場所にすることに生かしてほしい」と述べたのは、それが皆さん自身にとって達成感を得て幸せになる道だからです。

 

 令和6年度学部卒業生?大学院修了生の皆さんの人生が幸多かれと心から願って、私からのお祝いの言葉といたします。

 

令和7年3月25日
琉球大学学長 西田 睦