研究成果

沖縄島北部の世界自然遺産地域から新種の植物を発見 -「ヤンバルカラマツ」と命名 目標15:陸の豊かさも守ろう

     琉球大学 横田昌嗣 名誉教授、東北大学大学院生命科学研究科 道本佳苗 大学院生、同大学学術資源研究公開センター?植物園 牧雅之 教授、伊東拓朗 助教らと、沖縄美ら島財団総合研究所 阿部篤志 室長、人間環境大学 藤井伸二 准教授、九州大学 髙橋大樹 助教、昭和医科大学 柿嶋聡 講師、国立台湾大学(研究当時、現:フィールド自然史博物館) 游旨价 氏らによる共同研究の成果が、2025年 3月 28日に植物分類学に関する専門誌Phytotaxaにオンライン掲載されました。

    <発表のポイント>
    • キンポウゲ科植物のアキカラマツとされていた沖縄島の植物を、沖縄島北部(やんばる地域)に固有の新種であることを明らかにし、和名「ヤンバルカラマツ」(学名:Thalictrum yambaruense)と命名しました。

    • 形態比較や遺伝子解析の結果から、本種は台湾固有のタカサゴカラマツに近縁であり、アキカラマツとは全く異なる別種であることが明らかになりました。

    • ヤンバルカラマツの自生地は1地点のみで、生育個体数が50個体以下と極めて少ないことから、緊急の保全対策を講じる必要があります。

       

    <概要>

     キンポウゲ科カラマツソウ属の多年草アキカラマツは、ユーラシア大陸全域のほか、日本では北海道から本州、四国、九州に分布しており、1997年には沖縄島北部(やんばる地域)の世界自然遺産地域からも報告されていました。しかし、形態比較や遺伝子解析などの結果から、沖縄島北部の「アキカラマツ」は新種であることがわかり、今回、「ヤンバルカラマツ」として記載されました。本種は、沖縄島の1地点からしか生育が確認されておらず、個体数も50株以下と極めて少ないことから、緊急の保全対策を講じる必要性があります。

    <詳細な説明>

    研究の背景
     キンポウゲ科カラマツソウ属は、主に北半球の温帯地域に分布する多年草で、世界では約120~200種が知られています。この仲間は、同種でも個体によって形態変異に富んでいるため、種の区別や分類が非常に難しいとされています。なかでも、ユーラシア大陸全域に広く分布し、日本では北海道から本州、四国、九州に分布しているアキカラマツは分類が難しい種として知られています。
     沖縄島北部の「アキカラマツ」は、1997年に琉球大学理学部(当時)の横田によって初めて沖縄生物学会誌に報告されました。一般にアキカラマツは、海岸から高山帯にかけての明るい林縁部などに生育しますが、不思議なことに沖縄島のアキカラマツは、水が滴る滝の壁面という全く異なる環境に生育していることが報告されていました(図1)。さらに、沖縄島の個体はその他の地域のアキカラマツと比べて植物体が非常に小さいことも特徴的でした。沖縄島には他にカラマツソウ属植物は分布しておらず、基本的に温帯地域に分布するカラマツソウ属植物が亜熱帯地域である沖縄島から報告された事自体が奇妙なことでした。
     以上のことから、筆頭著者の道本は沖縄島のアキカラマツは他地域のものとは異なる分類群である可能性が高いと判断し、2022年に発見者である横田や沖縄美ら島財団の阿部らと共に、その実体を明らかにするための現地調査を実施しました。

    今回の取り組み
     本研究では、沖縄島産のアキカラマツとその他の地域のアキカラマツ、さらに日本および台湾に分布するカラマツソウ属植物を網羅的に収集し、これらについて、標本および生植物を用いた形態比較とDNA解析を行いました。形態比較の結果、沖縄島産のアキカラマツは、根が肥厚することや花糸(注1)が幅広いことなどの特徴から、他地域のアキカラマツとは明確に異なる種であることが判明しました(図2)。また、DNA解析の結果からも、沖縄島産のアキカラマツは他の地域のアキカラマツとは系統的に離れた別の種であることが確認され、むしろ、類似した環境に生育する台湾固有のタカサゴカラマツともっとも近縁な種であることがわかりました。しかしながら、沖縄島産のアキカラマツは、雌しべの先端が少し湾曲することや、小花柄(注2)が短いといった点でタカサゴカラマツとも異なる形態をもち、遺伝的にも分化していることがわかりました(図2、3)。
     以上の結果から、これまでアキカラマツとされていた沖縄島の植物は、学名のついていない未記載の植物であることが明らかとなったため、発見地である沖縄島北部のやんばる地域にちなんで、「ヤンバルカラマツ」(学名:Thalictrum yambaruense)と命名しました。

    今後の展開
     やんばる(沖縄島北部)は、絶滅危惧種や固有種が多いことから2021年に世界自然遺産に指定されましたが、ヤンバルカラマツの発見は、世界自然遺産の学術的な価値をより一層高めるものと思われます。また、一般に冷涼な温帯地域に多く生育することが知られているカラマツソウ属の植物ですが、亜熱帯に区分される沖縄島においてヤンバルカラマツが見出されたことは、やんばる地域の高い生物多様性が成立した過程を解明する上で重要な発見です。私たちの研究により、ヤンバルカラマツが地理的に離れた台湾固有で類似した生育環境に生育するタカサゴカラマツと最も近縁であることが明らかになりましたが、沖縄島を含む琉球列島と台湾には、温帯性植物の同じ種または近縁種が隔離して分布している例が他にも少数ながら報告されています。このような分布パターンは、過去の氷期に琉球列島と台湾が陸続きだったことと関係していると考えられ、当時は気温が低く、温帯性植物がこの地域に広範囲に分布していましたが、その後の温暖化により生育可能な環境が縮小し、現在では冷涼な環境が維持されている局所的な場所にのみ生き残ることでこのような分布が成立した可能性が考えられます。ヤンバルカラマツもまた、氷期には広域に分布していた祖先が、気候変動の過程で滝の壁面のような冷涼な局所環境に取り残され、細々と生き延びながら種分化を遂げた例であると推測されます。今後、ヤンバルカラマツやタカサゴカラマツをはじめとする沖縄島と台湾に隔離して分布する温帯性植物について、いつ頃、どのようにして分化したのかを詳しく調べることで、やんばる地域の生物多様性の形成過程について、より深い理解が得られると考えられます。
     しかしながら、現在ヤンバルカラマツの自生地は、沖縄島北部やんばる地域の1地点のみしか知られていません。さらに野生個体数は推定50個体以下と極めて少なく、近い将来に野生で絶滅する危険性が極めて高い状況です(国際基準における絶滅危惧IA類に相当)。そして、本種の自生地は滝の壁面という極めて限定的な環境であり、今後の環境変化によって消失するリスクが高い状況にあります。したがって、今後は本種の自生地を厳重に保護していくことに加え、生育環境の変化に備えた生息域外保全を積極的に進めていく必要性があると考えられます。


    図1. ヤンバルカラマツの自生地


    図2.  ヤンバルカラマツの花、葉および根の詳細な形態


    図3. 台湾固有のタカサゴカラマツの自生地および花、葉の詳細な形態

    <謝辞>

    本研究は、JSPS科研費 ?JP23K23631およびJP24KJ0399の助成を受けたものです。

    <用語説明>

    注1.  花糸
       雄しべの糸状の部分。
    注2.? 小花柄
       花と茎を繋ぐ短い枝の部分。

    <論文情報>
    1. タイトル:New Species of Thalictrum (Ranunculaceae) from Okinawa Island in Japan and Its Phylogenetic Implications

    2. 著者:Kanae Michimoto*、 Masatsugu Yokota、 Atsushi Abe、 Shinji Fujii、 Daiki Takahashi、 Satoshi Kakishima、 Chih Chieh Yu、 Takuro Ito、 Masayuki Maki
      *責任著者:東北大学大学院生命科学研究科博士課程後期3年 道本佳苗

    3. 掲載誌:PHYTOTAXA

    4. DOI:10.11646/phytotaxa.696.1.3

    5. URL:?https://phytotaxa.mapress.com/pt/article/view/phytotaxa.696.1.3