琉球大学熱帯生物圏研究センター の戸田守准教授、広島大学両生類研究センターの三浦郁夫研究員、東京大学大学院新領域創成科学研究科の阮宇鴻特任研究員、および台湾師範大学の林思民教授、曾惠芸准教授、Tzong-Han LIN とChin-Chia SHENのグループは、台湾に生息するスインホーハナサキガエルと八重山諸島に生息する近縁種コガタハナサキガエルの系統進化を解明するため、ミトコンドリアと核のゲノムを解析しました(図1)。ミトコンドリア遺伝子の解析では、2種の起源となる最も古い元祖集団が、台湾東部に生息することを明らかにしました(図2)。しかし、その集団の核ゲノムの大部分は新しく進化した別系統の近隣集団のものと置き換わっていました(図3)。つまり、東部集団はミトコンドリアゲノムに系統的に最も古い痕跡を残すものの、当該集団本来の核ゲノムがすでに失われた幽霊集団1であることを示しています(図1)。本成果は、系統的に古い元祖集団の存続の脆弱さを示したと共に、種の系統進化の過程解明の難しさを明らかにしました。そして、この2種は極めてユニークな性染色体進化を経験したことがわかっており、今後、系統進化と関連づけることで性染色体進化のメカニズムの解明が期待されます。 本研究成果は、2025年4月11日に「Molecular Ecology」に掲載されました。 |
<本研究成果のポイント>
- 台湾のスインホーハナサキガエルとその近縁種である日本のコガタハナサキガエルについて、両種の起源となる古い元祖集団を発見した。ただし、ミトコンドリアゲ
ノムにのみ元祖の痕跡を残した幽霊集団(※1)(核ゲノムに元の特徴が存在しない)であることがわかった。 - 世界初!複数種の元祖となる幽霊集団を発見した。
- 本成果は、系統進化における元祖集団存続の脆弱さを明らかにした。
- 近年、ミトコンドリアゲノムのみに基づいた種の同定や記載が頻繁に報告されているが、その手法は種分化の本質を見誤る重大な危うさを抱えていることを指摘する。
<背景>
スインホーハナサキガエルは緑色地に茶色の模様をもち、台湾全域の渓流に生息する中型から大型の美しいカエルです(図1)。2021年、本種は6本の性染色体(3本のXと3本のY染色体)を持つという、極めてユニークなカエルである(生物は通常2本の性染色体を持つ)ことが報告されました(※2)。一方、本種に最も近縁なコガタハナサキガエルは(図1)、我が国の八重山諸島に生息しており、2022年、その性染色体は鳥と同様のZZ-ZW型であり、スインホーハナサキガエルの性染色体とは全く異なることがわかりました(※3)。このように性染色体において、非常にユニークで高速な進化を経た2種ですが、両種の関係を含め、種内の地域集団が辿った進化の道筋は全く不明でした。そこで今回、系統進化の詳細を解明するため、日本と台湾の研究グループが共同でゲノム解析を実施しました。
<研究成果の内容>
スインホーハナサキガエルは台湾の22地域から集めた192個体、コガタハナサキガエルは石垣島で集めた8個体を用いてミトコンドリアと核のゲノム(1塩基多型、SNP(※4))解析を行いました。ミトコンドリアDNAの解析では、スインホーハナサキガエルの地域集団が3つ(北、南、東)とコガタハナサキガエル1つの合計4つのグループに分けられました。特に、両種の系統進化において最初に分岐した最も古い集団(元祖集団)はスインホーハナサキガエルの東集団であることがわかりました(図2)。次に、核ゲノムを解析したところ、大きく3つ(スインホーハナサキガエルの北と南とコガタハナサキガエル)に別れました。注目すべきことに、元祖集団である東集団の核ゲノムは2つに分かれ、しかも一つは北集団、もう一つは南集団のゲノム由来であることがわかりました(図3)。つまり、東集団は元祖集団の痕跡をミトコンドリアゲノムに残すものの、核ゲノムの大部分は新しく進化した近隣の2つの南北集団と入れ替わっていたことになります。このように生息当時(約500万年前)の核ゲノムの実態が失われた集団を幽霊集団と呼びます。複数種のカエルの起源となる古い系統が幽霊集団として発見された例は世界で初めてとなります(図1)。本成果は、系統的に古い集団が現代まで生き延びることの難しさをゲノム研究から明らかにしました。さらに、集団間の交雑を繰り返して進行する系統進化の道筋を正確に解明することの難しさも示しています。一方、近年、ミトコンドリアゲノムの配列にのみ基づいた種の同定や記載が行われていますが、この方法は種分化の本質を見誤る危険性があることも指摘しています。
<今後の展開>
6本の性染色体を持つスインホーハナサキガエルは北集団由来ですが、南集団や東集団はどのような性染色体を持つのか。今後、スインホーハナサキガエルの地域集団の性染色体を調べ、今回解明された系統進化の道筋やゲノム構成と比較することで、そのユニークな性染色体進化のメカニズムの解明が期待されます。さらに、東集団からどのようにしてコガタハナサキガエルのZZ-ZW型の性染色体が進化したのか。あるいは、元々の性染色体がZZ-ZW型だったのかなど、性決定機構進化の謎の解明が期待されます。また、系統的に古い集団の脆弱性を考慮すると、国や地方に生息する貴重な地域集団や種の保存の重要性がますます高まります。
<参考資料>
図1 スインホーハナサキガエル(台湾)とコガタハナサキガエル(石垣島)および両者の祖先種となる幽霊集団(写真、関慎太郎)
図2 ミトコンドリア遺伝子に基づく系統樹
(a)は採集した地点、(b)はBayesian系統樹(cytochrome b/12S rRNA遺伝子)。東部集団が最も古く、2種の起源となる元祖集団である。
図3 核ゲノムに基づく系統樹
(a)は無根系統樹(75,393SNPs)、(b)は有根系統樹(10,220 SNPs)。東部(=幽霊集団)の核ゲノムの大部分は北部ないし南部のゲノムと置き換わっていた。
?<用語解説>
(※1)幽霊集団
細胞の中には2種類のDNAがあります。1つは細胞質の小器官であるミトコンドリア内に、もう一つは核の中に存在します。1つの集団が本来のミトコンドリアDNAを残しつつ、核DNAは異なる集団との交雑によって置き換わり、本来の特徴を失ってしまった集団を幽霊集団と呼びます。また、存在が推定される未発見の集団のことも幽霊集団と呼びます。
(※2)文献
Cells, 10(3), 661; https://doi.org/10.3390/cells10030661
(※3)文献
Dev Growth Differ. 2022 Aug;64(6):279-289.?
https://doi.org/10.1111/dgd.12800
(※4)SNP
1塩基多型。DNA配列を構成する1つの塩基(ヌクレオチド)が置き換わる現象。
<論文情報>
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論文タイトル:Exploring mitonuclear discordance: Ghost introgression from an ancient extinction lineage in the Odorrana swinhoana complex
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著者:Chin-Chia1, 三浦郁夫2, Tzong-Han LIN1, 戸田守3, Hung Ngoc NGUYEN4, Hui-Yun TSENG5, Si-Min LIN1*
1 ?台湾師範大学生命科学研究科
2? 広島大学両生類研究センター
3? 琉球大学熱帯生物圏研究センター
4 東京大学大学院新領域創成科学研究科
5? 台湾師範大学昆虫学部
*責任著者 -
掲載雑誌:Molecular Ecology